狭い客室を茶室に見立てたブランディングが奏功、コロナ禍でも稼働率75%達成

プロジェクト概要

茶室ryokan asakusa(チャシツリョカン アサクサ/以下、茶室ryokan)は、東京・浅草に2019年9月に開業した都市型の宿泊施設だ。運営は不動産会社のレッドテック。敷地面積は約86平方メートル(約26坪)の狭小地で、最も小さな客室は約5畳。「茶室」をテーマにブランディングを行うことで、狭さを唯一無二の価値に転換しているのが特徴だ。手厚いサービスで顧客満足度を高め、客室単価は平均3万円。GRAPHはコンセプト立案からデザイン、サービスの開発、ネーミングも担当した。https://www.cyashitsu.com/jp/

課題

  • 狭小地を活用した旅館経営を計画。客室が狭いことから「茶室」というコンセプトを思いついたものの、採用すべきか迷っていた
  • 人間味のある日本らしいサービスの提供を目指していた。顧客満足度を高めて客室単価を上げることで、少ない客室で利益を確保することが狙い。それを実現するためのサービスの開発や運営方法、オリジナル商品の開発なども必要だった。

GRAPHからの提案

  • 狭い客室を茶室に見立て、茶の湯の精神や日本文化を体験できる宿泊施設というストーリーでブランディングを実施。
  • 地元・浅草に根差したホテルを目指し、夕食はスタッフおすすめの飲食店を紹介。いい意味での「おせっかい」なサービスで宿泊客をもてなす。
  • 現代的な宿泊施設であることが伝わるように、旅館はローマ字で「ryokan」と表記。

結果

  • 茶室というテーマでつくり込んだ世界観は国内客にも好評で、SNSでの情報発信のみで稼働率を伸ばしている。
  • 想定どおり、客室単価は3万円台をキープ。コロナ禍でも稼働率は75%に達した。

スタッフクレジット

北川一成 / 錢亀正佳 / 八戸藍

クライアントインタビュー

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石川裕芳氏
株式会社レッドテック 代表取締役
茶室ryokan asakusa オーナー

茶室ryokan asakusaブランドサイト
茶室ryokan asakusa宿泊予約サイト

            

Q: 茶室ryokanの開発段階からGRAPHと共にブランディングに取り組んでいます。デザインに投資することは、当初から決めていたのですか。

レッドテックでは、働く女性をターゲットにしたシェアハウスの開発と運営も手掛けています。シェアハウスの内装のデザインにこだわった物件は、明らかに入居率が高いんです。デザインが経営資源になると実感していたので、旅館業を始めようと思ったときから、ブランディングに取り組むことは決めていました。

Q: 狭小地の活用から茶室というテーマを思いついたものの、コンセプトとして採用するか迷われていたそうですね。

旅館を経営するなら宿泊客の顔と名前を覚え、手厚くもてなしたいという思いがありました。それを実現するには、会社の規模から考えると適正な部屋数は12室前後。その数であれば、土地代が比較的安い狭小地に建てることもできます

狭小地を活用するメリットは、初期投資を抑えられて、大手の同業者と競合になる可能性がないことです。ただ、実際に図面に起こしてもらったところ、客室は約5畳。あまりにも狭いのではないかと不安になり、茶室というテーマは漠然と考えていたものの、採用すべきか迷っていました。そのタイミングでGRAPHさんに相談したところ、唯一無二の価値になると背中を押してくださった。茶の湯をテーマに世界観をつくり込むコンセプトをはじめ、いい意味での「おせっかい」なサービスの開発や本格旅館との違いを伝えるための「茶室ryokan」というネーミングなど、どれもGRAPHさんからの提案です北川一成さんの助言があったからこそ、茶室ryokanは開業できたとも言えます。

Q: これまで広告は掲載せず、旅行サイトやSNSでの口コミのみで稼働率を伸ばしています。当初の狙い通り、口コミの評価も高いですね。

エクスペディアやブッキングドットコムだけでなく、最近はグーグルの口コミでも5点満点中4.8(2020年10月現在)と高評価を頂いています。開業当初は外国人旅行客をメインターゲットとしていましたが、新型コロナの流行に伴い、国内向けのサービスも開始しました。国内向けにも広告は掲載しておらず、Instagramを中心にSNSでの情報発信のみ。2020年8月に実施した半額キャンペーンで知名度を高めることに成功し、それ以降は順調に予約が入っています。2020年9月の稼働率は約75%でした。

一番大きな変化は、夕食のサービスを始めたことです。これまでお客様をご案内していた近隣の小料理屋や老舗洋食店と連携し、出来たての料理を茶室ryokanまで運んでもらっています。地元・浅草に根差したホテルを目指し、飲食店とつながりを持っていたので、すぐに協力を得ることができました。

半額キャンペーンで注目を集められたことも、夕食サービスを開始できたことも開業当初からブランディングに取り組んでいたからです茶室をテーマにつくり込んでいた世界観は、「非日常が体験できる」と国内のお客様からも評判がいい国内需要も喚起できることが分かり、あらためてブランディングの成果を実感しています。

分析

ビジネスホテルやカプセルホテルのように、狭い客室を機能的にデザインした宿泊施設は既に存在している。それらとの差異化を図るためにGRAPHが考えたことは、「狭さ」が魅力になるストーリーだ。常識にとらわれない「真逆の発想」が、茶室ryokanの唯一無二の価値を生み出すことにつながった。不利な条件だと思われていることも、見立て方次第では強みにもなる。茶室ryokanは、その好例の一つだ。

ブランディングのプロセス

狭い客室を茶室に見立て、狭さを魅力に転換。

そもそも、狭い客室を機能的、かつ快適に過ごせるようにデザインしたビジネスホテルやカプセルホテルは、既に存在するため新規性はない。いずれも、狭さを感じさせないデザインを目指している

GRAPHが考えたのはそれとは真逆。既成概念にとらわれずに発想し、歴史や文化、脳科学など様々な知見と掛け合わせながら新たな価値として定着させるのは、GRAPHが得意とすることの一つだ。この事例では、狭さが魅力として感じられるように、狭い客室を茶室に見立て茶の湯の精神や日本文化、ライフスタイルを体験できる唯一無二の宿泊施設」というストーリーを考案した

建築や空間も茶の湯の世界を現代的に解釈したデザインを取り入れることで、茶室に泊まる=非日常を堪能できる宿泊施設という新たなジャンルを確立し、オンリーワンを目指すことを提案した。

例えば、道路に面した中庭は、茶室に必ず付随する「露地」に見立てている。空間全体の天井は低めに設定し、照明も必要最小限の明るさで非日常感を演出。客室の入り口も小さめで、茶室のくぐるようにして入る「にじり口」がモチーフだ。いずれも表層的模倣ではなく、茶室のエッセンスを取り入れたオリジナル茶の湯の本質を理解しているからこそ、できることだ。

一期一会の精神を可視化したマーク。

宿泊客一人ひとりのニーズをくみ取り、手厚くもてなしたいという石川社長の理想を基に、一期一会をテーマにしたサービスも開発した。その一つが、夕食のサービスを行わない代わりに、スタッフ行きつけのお薦めの店を紹介すること。チェックインのときに宿泊客の好みや食べたい料理などを聞き出し、地元・浅草にある老舗の名店や人気の飲食店を案内する

いい意味での「おせっかい」なサービスをすることで、宿泊客との関係性はもちろん、地元の飲食店との連携も深めている。この取り組みにより、名店の料理を客室でゆっくり食べられる夕食サービスの提供も、スムーズに開始できた。

GRAPHは、ネーミング担当。石川社長が目指しているのはホテルでもなく、いわゆる昔ながらの旅館でもない。「茶室旅館」ではなく、「茶室ryokan」とすることで、今までにない新しい宿泊施設であることをアピール。マークのデザインは「今日は(こんにちは)」の「今」をモチーフにした。こんにちはという挨拶には、「今、この瞬間を大切にする」という意味が含まれており、茶会の心得である「一期一会」をテーマに宿泊客をもてなす、その精神をマークで表現した。浴衣の柄はマークをパターンにしてプリントしたもの。外国人観光客は、浴衣をお土産として購入する人も少なくないという。

編集・執筆:西山薫(デザインライター)