vol.8
北川一成の洞察力と造形力、
人を引きつける異質さの理由
新津保建秀
写真家
しんつぼ・けんしゅう●東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了。博士(美術)。写真・映像などによる制作を行う。主な写真集に『\風景』(角川書店)、『記憶』(フォイル)など。近作に、詩人・立原道造が生前に構想した別荘を主題にした映像作品《往還の風景_別所沼公園》(さいたまた国際芸術祭2020)、複雑系科学/ALife研究者・池上高志との共作による《不可視な都市:ロング・グッドバイ》(北アルプス国際芸術祭2017)などがある。
新津保建秀
考えていることの予測がつかない面白さ
初対面は、今から15年前、2006年です。あるアーティストのCDジャケット制作の打ち合わせの場で、クリエイティブディレクターはサイトウマコトさん、アートディレクターは北川さんという、異なる個性の二人に囲まれて、印象的な打ち合わせだったことを覚えています。
打ち合わせのときの会話のなかで、サイトウさんが北川さんのことを一目置いていることが伝わってきました。それが北川さんの第一印象です。その数日後、当時取り組んでいた、風景を撮影した未発表の連作を北川さんにお見せしたのですが、そこで共通の関心事が多いことに気がつきました。 同じ頃、当時よくお仕事ご一緒していた方に、その連作をみせたとき、「なんかわからないなぁ」といわれてしまったばかりだったこともあり、話が合ったことが本当に嬉しかったですね。
良いアートディレクターやクリエイティブディレクターに共通しているのは、全体を見ながら、条件が様々に変化するダイナミックな濁流の中の「いまここしかないポイント」を迷わず見抜き、全体と細部を同時にコントロールする、広い意味でのデッサン力だと思います。
そのなかで、北川さんがすごいなぁと思うのは、こうしたものを踏まえつつも、“いまここ”のみで対象を捉えるのではなく、背景にながれる歴史と文化全般、人の心そのものへの深い洞察を経て、独自の造形哲学を確立なさっているところです。ここに、これまでお会いしたアートディレクターやクリエイティブディレクターとは異質のものを感じました。
最初にお会いしてから多くのプロジェクトをご一緒するなかで、写真や映像、デザインに限らない、人間が長い歴史のなかで扱ってきたさまざまなイメージに関する北川さんのお考えから、非常に多くの示唆をいただいたと思います。
GRAPHがブランディングを担当した「変なホテル ハウステンボス」のイメージ動画。 撮影:新津保建秀
本質を瞬時に見抜く、ぶれない審美眼
GRAPHさんでの夕方の打ち合わせのあと、事務所の冷蔵庫から兵庫の酒蔵から届いたという美味しい日本酒が出てきたとにはびっくりました。(笑)。なんのラベルも貼られていない瓶にしぼりたての日本酒が入っていて、これにちょうど良い形の盃と、美味しい肴ともに出てきた。
あまりにお酒や食べ物のことに詳しくて驚いたのですが、後になって、若い頃から酒蔵との息の長い仕事での交流のなかで、培われたものであることを知りました。
例えば、食事に行くお店の選び方で、その人が何に価値をおいているのか、分かることってあります。北川さんと仕事で地方の見知らぬ町へ行くと、瞬時に美味しい店を嗅ぎ分けてしまう。そこには流行や表層に惑わされない、ぶれない審美眼と観察眼がある。一回もはずしたことなく、店主と意気投合し、ときには料理人と間違われたり、メニューにない料理を作ってもらったり楽しい旅になります。
北川さんとは、お互いの一番下の子供どうし同級生であったこともあり、小さい頃はよく一緒に海に行ったり、公園に行ったりしました。どんなに忙しくても保育園への送り迎えをなさっていて、この点もおおいに見習いました。
鎌倉でうなぎを食べたことや早朝の築地にみんなで行ったことは、とてもいい思い出です。2年前、お互い同じころに猫を飼い始めました。
これからも長い付き会いになるはずです。